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夕方、キーボードを打つ手をふと止めたとき。肩が耳のほうへ上がっていた、手首が反ったまま固まっていた ── そんな覚えはないでしょうか。違和感は、数値よりも先に身体から届きます。それでも検索窓に向かうと、目安、理想、最適、ちょうどいい、と同じことを何度も言い換えている自分に気づく。ガイドはいくつも見つかるのに、読み終えても「で、自分は何センチなのか」には変換できないからです。
探している「高さ」は、ひとつではありません。座るときの天板高、立つときの天板高、そして画面の高さ ── 三つの数字です。三つめは天板とは別に決まるので、天板だけ合わせても違和感は残ります。なお姿勢と身体の負担についての記述は、厚生労働省「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」など公的資料の範囲にとどめ、いずれも「〜とされます」という留保つきで扱います。今回はその一段手前 ── その二つが、自分にとって何センチなのか、という話です。
読み終えたとき手元に残るのは、その三つの数字と、合っているかを確かめる三つの方法です。数字は計算で出しますが、最後に決めるのは身体の側 ── 他人の正解ではなく、自分の肘と足裏で、無理のない一点を見つけていきます。
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── まず測る、そして決める順序
最初に順序を決めます。机から決めたくなりますが、正しい順は、椅子の座面高 → 天板高 → 足元です。厚労省ガイドラインの解説も、高さ調整が可能な机を使う場合は「椅子の高さを最適に調整した後、机の高さを調整するとよい」と述べています。身体を支えているのは机ではなく、椅子と床だからです。机単体で調べはじめた人が最初につまずくのが、この分かれ道です。
用意するのはメジャーと、いつも仕事中に履いているもの ── スリッパ、あるいは裸足 ── だけ。身長のほかに、二つ測ります。ひとつめは座ったときの肘の高さ。椅子に深く腰をかけ、背すじを伸ばし、上腕を自然に下ろして前腕が水平になるまで肘を曲げ、座面から肘の下端までを測ります。ふたつめは立ったときの肘の高さ。まっすぐ立って同じ姿勢をつくり、床から肘の下端までを測ります。産業技術総合研究所の人体寸法データベースが肘頭高を実測するときと同じ取り方なので、あとで目安の数値と突き合わせられます。
測れなければ、次章から身長で計算できます。ただしひとつ注意を。椅子の座面高は、クッションが沈んでいない外形の値で表示されるのが一般的です。厚労省ガイドラインの解説は、床から座面までの高さとは「クッション材が 2cm〜3cm 圧縮された状態」を指すと明記しています。カタログの値と、実際に座ったときの値は別物だということです。履き物の有無でも足元は数センチ動きますから、測るときも試すときも、普段の足元のままで。
── 座面高と差尺、身長別の目安
まず言葉をひとつ。差尺とは、天板高から座面高を引いた差のことです。「デスクの高さ」で迷う人が本当に決めかねているのは、たいていこの差のほうです。
順序どおり、椅子から決めます。日本オフィス家具協会は、座面の高さの目安を身長の四分の一としています。産総研の実測から座位膝窩高 ── 足裏を床につけて座ったときの、床から膝裏までの高さ ── と身長の比を出すと、およそ 24%。ほぼ同じ値に着地します。つまり座面高は、身長の 24〜25%。身長 160cm なら約 39〜40cm です。厚労省ガイドラインが望ましいとする座面高の調整範囲「37cm〜43cm 程度」とも、よく重なります。
次が差尺です。ここで答えが二つに分かれます。日本オフィス家具協会の式では、差尺は身長の六分の一です。座面高と足すと天板高は身長の 42% 前後。筆記を含む作業まで想定するなら、この考え方が向きます。いっぽうキーボード中心の作業なら、差尺は座ったときの肘の高さと考えるほうが理にかないます。前腕が水平、つまり肘がほぼ直角になる高さだからです。産総研の座位肘頭高から比を出すとおよそ 15%、座面高と足して天板高は 39% 台。作業の中身で、答えは約 3cm 動きます。座るときの天板高は、身長のおよそ 39〜42% と覚えてください。
この帯は、厚労省ガイドラインの解説が示す机の高さ ── 高さを変えられない机は「おおむね 65cm〜70cm 程度」、調整できる机は「60cm〜72cm 程度の範囲」が望ましい ── ともおおむね整合します。逆から引くこともできます。今ある天板が 65cm なら、計算上あてはまるのは身長 156〜165cm あたり。70cm なら 168〜177cm、72cm なら 173〜182cm あたりです。自分の身長がその帯から外れていれば、その天板は今の身体に対して高いか低いかのどちらか ── 肩が上がる、手首が反る、といったサインは、たいていそこから出ています。幅があるのは、筆記かキーボードか、キーボードに厚みがあるか、前腕を天板に乗せるか浮かせるか、足元が裸足かスリッパか、この四つで適正値が動くため。計算値を起点に、上下 1〜2cm で詰めていきます。
── 肘の高さを起点にする
立ってみたら、かえってつらくなった ── 腰が張る、かかとが痛む、ふくらはぎがむくむ。こうした訴えは立つこと自体の問題として語られがちですが、立位の天板高が合っていない場合にも起こり得ます。高すぎれば座っているときと同じく肩がすくみ、低すぎれば覗き込む姿勢になって、そのぶん脚と腰に負担が寄りやすくなります。
立つときの基準は、身長そのものではなく立位肘高です。ここでひとつ正直に書いておくと、厚労省ガイドラインには立位の天板高についての数値規定がありません。述べられているのは「座位のほか、時折立位を交えて作業することが望ましく」という姿勢の推奨までで、何センチという話はしていない。ですから以下は、産総研の実測データと、カナダ労働安全衛生センター(CCOHS)が示す立ち作業台の考え方から組み立てています。
測り方は三手順。ひとつ、普段の履き物のまま、踵を揃えて自然に立つ。ふたつ、肩の力を抜いて上腕を下ろし、前腕が水平になるよう肘を直角に曲げる。みっつ、床から肘の下端までを測る。測れない場合、産総研の実測値から立位肘頭高と身長の比を計算すると、おおよそ身長の六割 ── 60.7% ほどです。男女差がほとんどなく、指標としては安定していますが、実測から計算した値であって、どこかの機関が公布する係数ではありません。
ここから 0〜5cm 下げた範囲が実用域です。CCOHS は立ち作業の台について、精密な作業は肘の高さより約 5cm 上、軽作業は 5〜10cm 下を挙げており、パソコン作業はその中間 ── 肘の高さと同じか、わずかに下にあたります。よく検索される数値と結びつけるなら、100cm は身長 165cm 前後、110cm は身長 181cm 前後の目安です。スリッパを履けば数センチ上がり、厚みのあるキーボードなら 1〜2cm 下げ、やわらかいマットの上では沈んだぶん下がります。最後は計算値ではなく、肘が直角以上を保てているかで決めてください。
これで二つの数字が出ました。両者の差は、おおむね 30cm 前後になるはずです。背の高くない方では、それより小さくなります。どちらかが正解なのではなく、二つで一組 ── 立つときの数値は、長く立ち続けるためではなく、切り替えたときに身体が崩れないための数値です。
── 画面、合っていないサイン、目安に届かないとき
出した数字に合わせたら、確認は三つだけです。
ひとつ、上腕と前腕の角度が 90 度以上か。厚労省ガイドラインの解説は、この角度が 90 度以上でキーボードに自然に手が届くことを好ましい姿勢として挙げ、コーネル大学の人間工学の資料も、肘での神経の圧迫を避けるためと説明しています。
ふたつ、履き物の足裏全体が床に接しているか。接していなければ、十分な広さの、すべりにくい足台を使います。足台は足を疲れさせないだけでなく、背中や腰の疲れを防ぐ効果も持つ、と解説は述べています。専用品でなくとも、厚みのある本や頑丈な箱で試してから決めて構いません。
みっつ、椅子の前縁と膝裏のあいだに、手指が押し入る程度のゆとりがあるか。詰まっていれば、座面が高すぎるか、奥行きが深すぎます。
そのうえで画面です。天板高は手と肘のための数字、画面高は首と目のための数字で、別々に決まります。厚労省ガイドラインは、画面の上端が眼の高さとほぼ同じかやや下になる高さを望ましいとし、視距離はおおむね 40cm 以上を求めています。コーネル大学の資料も、モニター筐体の上端から 5〜8cm ほど下に視線が来る位置を挙げています。座位と立位では目線の高さが変わりますから、モニター台やモニターアームで上下させ、二つの姿勢それぞれで確かめてください。ノートパソコン一台には、構造上の矛盾があります。キーボードを肘に合わせると画面が下がりすぎ、画面を目線に合わせると手が上がりすぎる。本体を持ち上げて外付けのキーボードを使うか、外部ディスプレイを足すか、どちらかで手と目を分離するしかありません。
合っていないサインは、座っていても立っていても似た形で出ます。高すぎるときは、肩がすくむ、肘が脇に落ちず前腕が宙に浮く、手首が甲側に反る、キーボードに手を届かせようと上体が前のめりになる。低すぎるときは、背中が丸まる、首が前に落ちる、画面を見下ろす角度が深くなる、膝が天板の裏に当たる。頭の前傾が大きくなると首のこりや痛みが増加するとされ、腕や手首を乗せる支持台がないと肩のこりや痛みが増加するとされます。いずれも解説が伝聞の形で述べている範囲ですが、合わない高さが身体の一部に負担を集めやすい、という方向は読み取れます。高さを直せば不調が治る、という話ではありません。ただ、負担の寄りやすい姿勢を毎日続ける必要もない、というだけです。まずは 1〜2cm 単位で試し直してみてください。
最後に、目安どおりにいかないときです。机が下がりきらず、座位の目安より高いままになることがあります ── 背の高くない方ほど起こりやすい状況です。このとき合わせるべきは天板の絶対値ではなく、差尺のほう。椅子を上げて肘の角度を先に確保し、浮いた足元に台を入れて接地を取り戻す。この順なら、天板が数センチ高くても姿勢は成立します。逆に上げ幅が足りず立位肘高に届かないなら、天板を追うのをやめ、画面側を上げて首の負担から先に逃がしてください。決まった二つの数値は書き留め、毎回同じ位置に戻します。高さを記憶させておける仕組みがあるなら、そこに登録してしまうのが確実です。なお高さを頻繁に変えるならケーブルにも可動ぶんの余裕が要りますが、その設計は「【昇降デスク × 配線整理術】美しいワークスペースは、足元から整う」にまとめました。
ひとつめ、座るときの天板高。身長のおよそ 39〜42% ── 身長 170cm なら、おおよそ 67〜71cm です。
ふたつめ、立つときの天板高。床から測った立位の肘の高さを上限に、そこから 0〜5cm 下げた範囲 ── 身長 170cm なら、おおよそ 98〜103cm です。
みっつめ、画面の上端。眼の高さとほぼ同じか、やや下。画面と眼の距離は、おおむね 40cm 以上。
どれも到達点ではなく、出発点です。脚の長さや座高の比には個人差があり、履き物やクッションの沈み込みで数センチは動きます。だからこそ最後は、肘が 90 度以上、足裏全体が床に接している、膝裏に指が入るゆとりがある ── この三つで詰めていきます。一ミリ単位で合わせる必要はありません。合っていない側へ身体が寄っていないか、それが分かれば十分です。
高さを自分の数字で決め直すことは、道具の側に身体を合わせるのをやめる、という小さな選択でもあります。既製の目安をそのまま受け取らず、自分の肘と足裏で確かめて決める ── INNERPEACE が「五感で整える」と呼んできた姿勢は、こうした地味な確認のなかにも流れています。あなたの三つの数字のところで、こわばっていた肩が静かにほどけ、少しずつ深く呼吸しはじめますように。
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